ラクガキ日記

今日も元気だ空気がうまい。旦那と2人暮らしで現在妊娠中の一般人。

実家が神社

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誰に聞かれずとも、

いきなり私の家族について書きます。

 

 

 

私の実家は神社です。

 

 

 

って言うと、

なんかカッコいいんですけど、

由緒正しきお嬢さんなのかなって、

思って下さるかもしれませんけど、

 

そうじゃないです。笑

 

 

 

私の実家の神社をやり始めたのは、私の父方の祖父からです。

 

 

神社を「やる」ってなんぞ!?

 

 

って思われるでしょう。

もちろんちゃんと経緯があります。

 

家族に歴史ありです。

長いです。

お暇なら見ていってどうぞ☆

 

 

 

そもそも私の父方の一族は、肥後藩に仕えるお侍だったそうです。

 

廃藩置県でお侍は解散ー!となったときに、場所は言えませんが、とある田舎の小さい神社を継ぐ人がいないというんで、私のご先祖さんは「お前はそこへ行って神主やれ」と言われ、私の父方の田舎にやって来たそうです。

 

なので一応明治時代から、そのとある田舎の小さな神社の神主を、代々やってきたそうです。

 

で、時は経って昭和2年、当時の神主の、7人兄弟の次男として産まれたのが私の祖父です。

 

次男である祖父は神主をやる必要はなく、

(必要ないというより、神社が小さいからそれ自体の儲けはあまり無く、何人も養えない)

当時の時代背景もあって、高校卒業後は予科練に行き、軍隊に入ります。

予科練知らない人、パイロット養成学校だと思って!)

 

戦争に参加した祖父。

あとちょっとで神風になる…というところで終戦

無事に田舎に戻ってきます。

 

そこから祖父は地元の田舎で祖母を嫁に貰い、自衛隊員として全国を転々とします。

その生活の中で、父が産まれます。

 

なお、私の父は産まれは千葉、小学校は北海道、中学高校は長崎、大学は佐賀、就職は大阪と、転勤族の子供らしい幼少期を過ごしてます。

 

そして時は経ち、自衛隊員は55歳で定年。

祖父母は熊本の田舎に戻ってきます。

 

辛抱して、しっかり貯金をしていた祖父母。田舎に小さな家を建てます。(今は取り壊されてもう無いですけど)

 

これから農作業でもしてのんびり過ごそうかとしていた矢先、大きな大きな変化が起こります。

 

山を降りたところにある、町の平地の神社が継ぐ人が居ないということで、祖父に話が来たのです。

そしてなんと、それを祖父の兄(田舎の神社の神主)が、「お前がやると言っておいたから。」と、もう返事してしまっていたのです!

 

神主免許も持っていないし、なんの知識もない祖父。(神主って免許いるんですよ。)

 

当時の神社は荒れ放題でした。

 

祖父の前まで神社をやってた先代の人はというと、祖父母に全く何も教えず、全く何も残しませんでした。

何も残さないどころか、

神社の敷地内の広い土地がその人達の名義になっており、その土地に囲いを設け、自分たちの石碑を建てて、去って行きました。

…意地悪すぎる。

 

 

神社の社務所に移り住んだ祖父母。

 

祖父はとんでもない努力家です。

ゼロから懸命に勉強し、神主免許を取り、神社を復活させて行きます。

地域の人々の信頼を少しずつ得て、人っ子ひとり寄り付かない荒れた神社は、以前とは見違えるように多くの人が来てくれるようになって行きます。

 

この過程で、父が大阪から熊本に移り住みます。

長男として、両親のそばにいた方がいいだろうという思いと、

当時大阪でやってたアパレルの仕事が立ち仕事で、長くは無理だろうという思いもあって辞めてきたようです。

 

熊本の町役場で働き始めた父。

神社をやってる祖父母は、父には物凄く甘くて、一切手伝ってなんて言いません。

父は神社に完全ノータッチで過ごします。

そして役場でアルバイトしていた母と出会い、結婚するのです。

なお、母も同じ町出身。田舎のお茶農家の次女でした。

 

 

祖父母は自分達は辛抱してきた分、可愛い息子には惜しげも無く金を使います。 

祖父母の物凄い援助のもと、両親は立派な式を挙げ、神社から徒歩10分、役場からも徒歩20分程のところに家を建てます。

 

 

 

そこで産まれたのが私を含む3姉妹です。

 

 

 

神社はあまり大きくはなく、昔より盛えたとはいえ、家族を養うほどの収入はありません。

年金もらいながらやるくらいが丁度いいのです。

なので父の公務員としての収入で、私達家族は暮らして行きます。

祖父母宅である神社は、第2の家という感覚でしたね。

 

 

にしても、神社を老夫婦2人だけでやるのはなかなか大変。

 

父に激甘な祖父母の矛先は、母に向きます。

 

母に、神主免許を取って、神社を手伝え。と言うのです。

 

まさかそこまで求められるとは思っていなかった母。

渋々免許を取りに行き、ちょいちょい神社を手伝いますが、もちろん気が進みません。

 

ちなみに、父はとことんノータッチ。役場の仕事が大変だからそんな余裕は無い、俺には関係ない、という姿勢を貫きます。

母マジでかわいそう。

 

 

祖父母的には、嫁である母に、積極的に、なんなら自ら、神社を手伝って欲しいと思っているわけですが、

母は化粧品の代理店になったりしながら、神社の手伝いをできるだけ避け続けます。

 

 

しかしながら、目の前で

祖父母は緩やかに、でも確かに、年老いて行きます。

 

母は悩みに悩み、

 

大好きだった化粧品の仕事を辞めて、神社をガチで手伝うことを決めます。 

 

このとき私はもう成人してたかな?

 

母は毎日のように祖父母の愚痴を家族に言いつつも、

持ち前の楽観的性格と、愛情深さで、

老いていく癖に気は強い祖父母を支えながら、神社を切り盛りします。

 

 

 

私は手伝っていたのかですって?

 

ゔ…。

正直、あんまり手伝ってません。

私は私で仕事してましたし、神社が忙しい土・日は絶対仕事だったので。

 

正月だけはホントに忙しいので、外にテント張って参拝客にお守り売る仕事とかやってましたよ。

なので、寝正月とか、笑ってはいけないを最初から最後まで観るとか、マジで憧れてました。結婚して見事実現しました。笑

 

そう!

てゆうか、私次女なんですけど、長女が祖父母の金で、東京の國學院大学に進学して、神主免許を取ってきたんですよ。もちろん本人の希望で。

 

ほんで姉は結婚するまでの4年くらい?神社手伝ってたんですよ。

だからこそ私はノータッチで居られたんですよね。

 

ちなみに、妹も昨年会社辞めて実家に帰ったタイミングで、親に神主免許取りに行かされてました。

ですから、3姉妹で神主免許持ってないのは、私だけです。笑

でも、妹はその後すぐに佐賀に就職しちゃったから、取らせ損なんですけどねー。

 

 

さてさて、

祖父母と母が支えてきた神社ですが、姉は嫁に行ってしまい、次女も手伝わないまま嫁に行き、三女も佐賀に出ていきました。

そしていよいよ祖父母が弱ってきて、何もできなくなってきました。

んで、一昨年、

蓄えはあるらしい祖父母、神社のほど近くに家をまた建てて(90歳でですよ。すげぇ。)、そっちに引っ込みました。

 

母に神社全ての負担がのしかかります。

 

で、

昨年ついに、

腰の重すぎた父が、定年を待たずして、35年勤めた役場を辞めました。

今は、基本毎日、神社で母を手伝っています。たまにパチンコに逃げたりするけどね。

今年神主免許を取る予定です。

 

 ちなみに、

神社の敷地を占拠していた石碑が建った先代さんの土地は、

昨年ついに、母が腹を決めて買い取りました。

母はマジで偉いです。

 

 

というわけで!!

 

私の実家は確かに神社ですが、

もともと主たる収入じゃなかったし、

神社に住んでる訳じゃないし、

先祖代々というわけでもないし、

もちろん産まれの良いお嬢さんでもないし、

クリスマスは祖父母も一緒に祝ってましたし、

そんなもんなのです!

 

「実家が神社」

に名前負けしまくりなんです。

 

こんなのなかなか説明できないから、実家が神社って言いづらい。

 

でも今日は説明できてスッキリしました。

 

ありがとうございました。笑