ラクガキ日記

今日も元気だ空気がうまい。旦那と2人暮らしで現在妊娠中の一般人。

「誰もいない森で木が倒れたら音がするのか?」

 

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哲学の有名な問いかけで、

 

「誰もいない森で木が倒れたら音がするのか?」

 

というのがあることを最近知りました。

 

 

 

これ答えは、

「音はしない」

だそうです。

 

 

なぜか?

 

これは

「存在は知覚されることである」

という、哲学的な考え方に基づいた答えらしいです。

 

※言ってる人↓ ジョージ・バークリー

https://ja.m.wikipedia.org/wiki/

 

音って、空気の振動を私たちが感じとって、初めて「音」と認識しているのであって、

その音を誰も聞いていない、誰も認識していないのであれば、その音は存在しないことと同意であり「音はしない」んだとか。

 

 

 

 

 

へぇー…面白い考え方だなぁ。

 

 

 

 

 

……

 

はぁ!!??

 

 

 

 

いやするだろ!!!

音するだろ!!!

 

 

 

哲学って、人の心とか幸福を掘り下げた学問なわけだから、科学的じゃないのは当然だし、面白いとは思いますが、 

私は意味わかんないですね〜。笑

 

黒人奴隷使いまくって暇になった脳内お花畑のギリシャ人がなんか言い出したぞ的な感じで受け取っちゃいますね。(超偏見)

 

 

 

 

 

音(空気の振動)を感じ取るのは人間だけじゃないでしょう?

 

鳥だって、虫だって、植物だって感じ取る。

 

森って言ってるんだから、そういう生き物も一切いないなんて有り得ないし。

 

その木が倒れたことで、その森には確実に変化が起こる。虫が湧いたり、やがて朽ちて土を豊かにしたりね。

バタフライ効果で、思いもよらないところにまでその変化の兆しは影響を与えるかも。

 

森は、世界はその「音」を感じ取ったのに、

人が聞いてなかったから、その「音」は存在しない、とするのは、

なんっっって人間中心的な考え方なんだと、

虫酸が走りますね。

 

哲学と宗教って切っても切れないと思うんですけど、哲学や宗教って、人間だけ別位置に置いてますよね。

この考え方まじで嫌いだわ〜〜。

 

人間なんて、

地球が何億年と回り続ける中で紡がれていくありとあらゆる事象の、その1つでしかないのに。

特別でもなんでもない、生態系の一部なのに。

あらゆる存在の有無を人間が握ってるかのような考え方がクソだわ〜〜。

哲学わからんわ〜〜。

 

「我思う、故に我あり」

 

…え?

うん。そうだね(汗)

 

だわ〜〜〜。笑

 

 

 

 

 

あ、

その点、神道は素敵ですよ。

 

前言いましたけど、うち実家神社なんです。

 

神道ってほとんど自然崇拝なんで。

人を崇拝しないし、人の形のものも無いんで。

 

神道は一応宗教ですけど、

信仰とか崇拝とかは、なんつーかそもそも無いんですよね。

厳格な規律とか無いし、他宗教とかにもとにかく寛容だし。

伊勢神宮とか、でっかい神社はめっちゃいろいろと厳しいらしいけど笑)

 

どんな田舎にも、地域の氏神様を祀った小さなお社がありますよね。あれこそ神道

神道は、別に信仰することではなくて、

なんだろうな〜〜、

生活?

生活そのもの?

に、感謝すること??

って感じですね!笑(わからん)

 

 

実家が一応宗教法人なのに哲学理解できないのは、神道のそういうとこのお陰ですね!笑笑

 

 

 

 

とにかく、

私の個人的(✖️哲学的)答えは、

 

「誰もいない森で木が倒れたら音がするのか?」

「音するに決まってんだろ!寝ぼけたこと言ってないでクソして寝ろ!」

 

 

が、ベストアンサーです!!!!

 

 

 

 

違うのかなぁ…。笑